2017年09月15日
「老香(ひねか)」を発生させにくい清酒酵母を開発しました
日本盛株式会社(本社:兵庫県西宮市、代表取締役社長:森本直樹)と独立行政法人酒類総合研究所(広島県東広島市、理事長:後藤奈美)は共同で、老香を発生させにくい清酒酵母の開発を進めております。
この度、清酒醸造に使用可能な当該酵母の育種に成功いたしました。その内容について、第69回日本生物工学会大会(東京:9/11~9/14)にて発表いたしました。
【背景・目的】
清酒を長期間保存すると、老香という劣化臭が発生することがあります。酒類総合研究所の研究により、老香の主要成分はジメチルトリスルフィド(DMTS)であること、DMTSの主要な前駆物質は1,2-dihydroxy-5-(methylsulfinyl) pentan-3-one (DMTS-P1)であること(1)、DMTS-P1の生成には酵母のメチオニン再生経路のMRI1遺伝子やMDE1遺伝子の機能が関係していることが明らかになっています(2)。
さらに私たちはメチオニン再生経路に着目することで、老香の元となるDMTS-P1をほとんどつくらない酵母の選抜方法を確立しました。実際に清酒酵母きょうかい701号(K701)の1倍体を親株にDMTS-P1をほとんどつくらない酵母を選抜し、それらはMRI1遺伝子やMDE1遺伝子が変異し、遺伝子の機能が欠損した株であることを確認しました(3)。
しかしこれらの1倍体は発酵が悪く、そのまま清酒醸造に使えるものではありませんでした。通常、清酒酵母は2倍体であり、染色体が半分である1倍体はもともと発酵が弱く清酒醸造に適しません。そこで私たちは上記で選抜した1倍体を使用して交配を重ねることで、老香を発生させにくく、清酒醸造にも使用可能な2倍体酵母を開発することを目指しました。
【方法・結果】
まずMDE1遺伝子が変異した1倍体と、別のK701の1倍体を交配させて2倍体を取得しました。さらにその2倍体から複数の1倍体を得て、それらを交配させました。これらの作業を行うことにより、MDE1遺伝子が変異した2倍体を5株得ました。
これら5株について、小仕込試験(実験室レベルの清酒の仕込み試験)を行ったところ、いずれもDMTS-P1をつくる量が少ないことが確認できました(図1)。特にLMD1は、DMTS-P1およびDMTS-pp(70℃で1週間保温することにより強制的に劣化させたときのDMTS量)ともに最も値が低いことがわかりました。また、ここでは示しませんが、LMD1は問題ない発酵力を有する酵母であることも確認できました。
これらの結果から、LMD1は老香を発生させにくく、清酒醸造にも使用可能な2倍体酵母であることがわかりました。
【まとめ】
老香を発生させにくく清酒醸造にも使用可能な酵母を開発しました。今後は、実用上の課題がないか調べるため、実際の酒造りに使用して詳細なデータ収集を行い、さらにこの酵母の性質を調べていきます。
【研究の意義】
老香が発生しにくい清酒ができれば、輸出などで輸送期間が長くなった場合や、比較的高い温度で保管された場合にも、老香の心配なく清酒を消費者の方に飲んでいただけるようになることが期待されます。
◆発表演題
老香を発生させにくい清酒酵母の育種
◆発表者
日本盛株式会社:○若林 興、井上 豊久、中江 貴司
独立行政法人酒類総合研究所:池田 優理子、神田 涼子、磯谷 敦子、藤井 力
(○は演者)
(用語解説)
老香:たくあん様のにおいで清酒では劣化を感じさせるにおいです。数カ月から2年程度で発生することがあります。保管温度が高いほど発生するまでの期間は短くなります。従前は、貯蔵により生じる香りはよい香りも悪い香りも老香と呼んでいましたが、ここでいう老香とは、DMTSを中心とした清酒の貯蔵劣化臭を指し、数年の長期熟成により出てくるよい香とは分けて考えております(1)。
メチオニン再生経路とMRI1遺伝子・MDE1遺伝子:
メチオニン再生経路とは下図のような経路です。MRI1遺伝子・MDE1遺伝子はメチオニン再生経路の遺伝子で、これまでの研究から、この2つの遺伝子のうち1つを壊すと老香の元となるDMTS-P1がほとんどつくられなくなることが明らかになっています(2)。
(参考文献)
1. 磯谷敦子、宇都宮仁、神田涼子、岩田博、中野成美:醸協, 101(2), 125-131 (2006)
2. Wakabayashi, K., Isogai, A., Watanabe, D., Fujita, A., and Sudo, S.: J. Biosci. Bioeng., 116, 475–479 (2013)
3. 若林ら, 日本農芸化学会2017年度大会, 講演番号3C23a07
この度、清酒醸造に使用可能な当該酵母の育種に成功いたしました。その内容について、第69回日本生物工学会大会(東京:9/11~9/14)にて発表いたしました。
【背景・目的】
清酒を長期間保存すると、老香という劣化臭が発生することがあります。酒類総合研究所の研究により、老香の主要成分はジメチルトリスルフィド(DMTS)であること、DMTSの主要な前駆物質は1,2-dihydroxy-5-(methylsulfinyl) pentan-3-one (DMTS-P1)であること(1)、DMTS-P1の生成には酵母のメチオニン再生経路のMRI1遺伝子やMDE1遺伝子の機能が関係していることが明らかになっています(2)。
さらに私たちはメチオニン再生経路に着目することで、老香の元となるDMTS-P1をほとんどつくらない酵母の選抜方法を確立しました。実際に清酒酵母きょうかい701号(K701)の1倍体を親株にDMTS-P1をほとんどつくらない酵母を選抜し、それらはMRI1遺伝子やMDE1遺伝子が変異し、遺伝子の機能が欠損した株であることを確認しました(3)。
しかしこれらの1倍体は発酵が悪く、そのまま清酒醸造に使えるものではありませんでした。通常、清酒酵母は2倍体であり、染色体が半分である1倍体はもともと発酵が弱く清酒醸造に適しません。そこで私たちは上記で選抜した1倍体を使用して交配を重ねることで、老香を発生させにくく、清酒醸造にも使用可能な2倍体酵母を開発することを目指しました。
【方法・結果】
まずMDE1遺伝子が変異した1倍体と、別のK701の1倍体を交配させて2倍体を取得しました。さらにその2倍体から複数の1倍体を得て、それらを交配させました。これらの作業を行うことにより、MDE1遺伝子が変異した2倍体を5株得ました。
これら5株について、小仕込試験(実験室レベルの清酒の仕込み試験)を行ったところ、いずれもDMTS-P1をつくる量が少ないことが確認できました(図1)。特にLMD1は、DMTS-P1およびDMTS-pp(70℃で1週間保温することにより強制的に劣化させたときのDMTS量)ともに最も値が低いことがわかりました。また、ここでは示しませんが、LMD1は問題ない発酵力を有する酵母であることも確認できました。
これらの結果から、LMD1は老香を発生させにくく、清酒醸造にも使用可能な2倍体酵母であることがわかりました。
【まとめ】
老香を発生させにくく清酒醸造にも使用可能な酵母を開発しました。今後は、実用上の課題がないか調べるため、実際の酒造りに使用して詳細なデータ収集を行い、さらにこの酵母の性質を調べていきます。
【研究の意義】
老香が発生しにくい清酒ができれば、輸出などで輸送期間が長くなった場合や、比較的高い温度で保管された場合にも、老香の心配なく清酒を消費者の方に飲んでいただけるようになることが期待されます。
◆発表演題
老香を発生させにくい清酒酵母の育種
◆発表者
日本盛株式会社:○若林 興、井上 豊久、中江 貴司
独立行政法人酒類総合研究所:池田 優理子、神田 涼子、磯谷 敦子、藤井 力
(○は演者)
(用語解説)
老香:たくあん様のにおいで清酒では劣化を感じさせるにおいです。数カ月から2年程度で発生することがあります。保管温度が高いほど発生するまでの期間は短くなります。従前は、貯蔵により生じる香りはよい香りも悪い香りも老香と呼んでいましたが、ここでいう老香とは、DMTSを中心とした清酒の貯蔵劣化臭を指し、数年の長期熟成により出てくるよい香とは分けて考えております(1)。
メチオニン再生経路とMRI1遺伝子・MDE1遺伝子:
メチオニン再生経路とは下図のような経路です。MRI1遺伝子・MDE1遺伝子はメチオニン再生経路の遺伝子で、これまでの研究から、この2つの遺伝子のうち1つを壊すと老香の元となるDMTS-P1がほとんどつくられなくなることが明らかになっています(2)。
(参考文献)
1. 磯谷敦子、宇都宮仁、神田涼子、岩田博、中野成美:醸協, 101(2), 125-131 (2006)
2. Wakabayashi, K., Isogai, A., Watanabe, D., Fujita, A., and Sudo, S.: J. Biosci. Bioeng., 116, 475–479 (2013)
3. 若林ら, 日本農芸化学会2017年度大会, 講演番号3C23a07